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2002.03.27 「アパートの大家さん・その2」


「アパートの大家さん・その2」

まず第二話に入る前に、
皆さんに断っておかなければならないことがある。

第一話の中でボクは

「君たち、すまないが工事の進め方にはもう少し気を配ってくれたまへ」

とか、

「コホン(←軽くせきばらい)私の荷物が汚くなっているではないか。
 君たちの工事進行は多少面倒になるかもしれないが、もう少し・・・」

とか。

困難に立ち向かう際、
いかにも流ちょうな中国語で自己主張をしているような記述をしましたが、
実際はこんなに上手じゃありません。

皆様、
ボクの本当の中国語レヴェルはもっと、
うーんと低いのに、

「毅然とした態度で、しかも中国語を駆使して意見を主張なさるなんて、
マエハラさんって凛々しくってステキ!」

と言われたい一心で、
ワタクシ虚栄心たっぷりの嘘をついておりました。

みなみな様まことに申し訳ございませんでした。 (三つゆび陳謝)


そこで第二話では、
ネイティブの中国人から聞いたら恐らくボクの中国語はこんなもんだろう、
という予想の元にお話を進めていきたいと思います。


中「  」  は中国語で実際に発せられた言葉たち
日{  }  は日本語で実際に発せられた言葉たち
 [  ]  は心の中の言葉たち

として読み進めてください。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「お代」


第一話で完成したお部屋は細かなところで問題は抱えていたけれども、
中国という場所柄を考えれば、
それは話のネタにもならないような小さな問題ばかりで、
十分許せる範囲内で完成していた。

部屋の中は内装したてで、
これでまともにオシッコくらいはできる生活が訪れるものだと一息ついていた。


大家の旦那さんは「王 愈誠」さんと言って台湾人である。
彼は台湾で小さな貿易会社を営んでおり、
仕事のベースは台湾に置いていた。

彼には第三話以降ご活躍なさっていただく。



ボクの部屋の光熱費はシャオメイが立て替えて払い、
その同金額をボクが彼女に支払っていたが、
ボクが入居してすぐ夫婦は台湾へ帰ってしまった。

予定期間は半年だという。
夏頃まで帰ってこないと言うことか。

彼らが意気揚々と台湾へ帰って四週間くらいした日曜日の朝6時半、
ボクの部屋のベルを激しく連打するヤツがいた。

ベッドからはい起きてドアを開けると、
赤井英和似のオバハンが手首にたくさん輪ゴムを巻いた状態で面倒くさそうに立っていて、


中「コラッ、テメー前原桂太か?水道代払いやがれオルァ!!」

といきなり先制パンチを喰らわしてきた。


中「え、どうしてでちゅかね。ワタシはすでに水のゼニを払いましたが。」


中「知るか。こっちの記録じゃテメーは払ってねえことになってんだよ。
おら!これ請求書だからな!!カー、ッペ
(ドアの前に見事にツバ吐き命中)」


日{おい汚ねえよババァ!}



そのババァは口にショートホープこそくわえていなかったものの、
全身から伝わってくる勢いと闘志だけは、
勢い芸能人・赤井英和もびっくりの凄まじさがあった。

請求書を見るとボクがシャオメイに支払ったはずの水道代と同金額の数字がきれーに並んでいる。

その時から思うと、
実は水道局のババァが来る三週間くらい前から
郵便ポストになにやら金額が記入された葉書が来ていた。

よく分からないのでずっと放置していたけど、
同じ葉書が毎週、
三週連続にわたってくるので
心[なんじゃこれは]
と思っていた。

果たしてその後三週間にわたって、
電気代・ガス代・電話代と、
水道代の時とまったく同じことが起こった。
しかも取り立てのオッサンやらオバサンが来るのは決まって、
土曜日か日曜日の早朝である。

しかもなぜかみんなベルを激しく連打し、
ドアを開けると決まってむちゃんこ不機嫌な顔をなさっている。

まぁ
当然だろう。
相手からしたらボクは公共料金をいっさい払っていない、
とんでもなく貧乏で、
とんでもなくモラルのない日本人に見えただろうから。





















ああシャオメイ。


やられた・・・・



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「ピンポンダッシュ」


シャオメイの公共料金踏み倒しが分かってからしばらく、
夜中の2時3時頃にボクの部屋へピンポンダッシュを仕掛ける輩が現れた。

ピンポンダッシュってのは、
ドアベルをピンポンピンポンと鳴らしてそのまま走り去ってしまうと言う、
なんとも陰険であり、
同時に精神的苦痛を与え、
かつ快適な睡眠を邪魔されるという、
なんとも恐ろしい嫌がらせのワンツールである。

ボクも小中学校の頃公団住宅でよくやったものだアッハッハァ・・・・・



仕掛ける側からすると真夜中ピンポンダッシュはコストゼロ、
発覚の可能性極めてゼロに近しということで、
無言電話と同じく、
嫌がらせの手段としては初歩的なんだけど、
効果は絶大なんである。

しかし、
まさかこの中国大陸でこのオレ様がピンポンダッシュの餌食にあうとは。
くそぅ。



恐らく、
これはボクの予想だけど、
公共料金取り立て屋のオバハン連中が、
「カネをひとつも払わない変な外国人がいる」
と近所の人たちに吹き込んで、
その子ども達あたりがおもしろ半分・外国人からかい半分でやっていたのだろうと思うけど、
その全てが深夜なのには閉口した。



この話を書いていたらその時のことを思い出してきて、

なんだか段々むかついてきたぞ!!



当初はネタ的に面白くないと思ったので、
本来書くつもりはなかったことをここで記しておきたい。

・内装工事中ゴンレンに私物を何点か盗まれた。
(危険を察知して貴重品はもちろん別の場所へ移しておいたけどね)

・二ヶ月間の内装工事中も家賃はきっちり払い続けた

・当初の約束と違って冷蔵庫はドア一個の冷凍庫なしタイプ

・当初の約束と違ってコードレス電話じゃなく、子ども電話みたいな20元くらいの電話



あげだしたらきりがないけど、
これ以上書くとボクの愚痴舞台になってしまって話が面白くなくなるのでやめておきます。

ふぅ〜


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

第三話ではいよいよ夫婦が台湾から上海へやってくる。
台湾人の旦那とも初対面。

話は後半戦へと突入し、
血みどろの攻防戦が繰り広げられる予定。



第二話の文中、
シャオメイとその息子さんの実物写真が掲載されていますが、
ボクはすでにこのアパートの契約を終了しているからだいじょーび、
といういかにも自分本位な考え方と、
日本人向けサイトであるパッシュイメージズ内において彼らの写真を掲載したところで、
彼らの普段の生活に迷惑をかけることもないだろうと言う判断の元、
実物写真を掲載した方がリアリティがあって面白かろう、
という無責任な根拠にて掲載いたしました。

ネット上は公共の場であることは確かですが、
社会的に大して影響力のないサイト上での戯れごととご理解いただければ幸いです。

「アパートの大家・その2」

おわり







2002.03.15 「アパートの大家さん・その1」


今回から「アパートの大家さん」シリーズと題しまして、
全3回ぐらい(←ここ重要)にわたって、
ボクが1年間住み続けたアパートを舞台とした面白くもあり、
そしてあきれ返って禿げちゃいそうにもなるボクと大家との関係を、
大体ノンフィクションにてお伝えしていきたいと思います。

このお話を皆さんが、
ほかの誰かと喋るときの中国ネタとして使ってくれたらボクとしては嬉しい限りです。

※「  」は実際に発せられた言葉たち
  {  }は心の中の言葉たち
として読み進めてください。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「上海上陸」

ボクが95年の留学以来再び本格的に中国の土を踏んだのは2001年3月3日のこと。
今からちょうど1年くらい前のことである。

上海に来たばかりのボクにはアパートがなかった。
そこでボクは当初華東師範大学という、
日本で言うところの先生を育てる教育大学みたいなところの留学生楼に寝泊まりしていた。

でもそんな所じゃ本格的に荷物を開けてくつろぐわけにはいかないし、
来中と同時に間髪入れず仕事をしていたため、
そんな部屋じゃ仕事から帰ってきてもどことなく落ち着かないというか・・・
とにかく早く自分の部屋を借りたいと思っていた。

仕事関係で知り合った中国人のおばはんに付き添ってもらって部屋を見て回った。

地元の小さな不動産屋を仲介して何件か見て回った中で、
「ちょっと高いかな」
と思ったけどある一つの部屋と契約することにした。


契約の理由
・アパートの外観は汚いけど中はまぁまぁ綺麗
・おまけにボクが入るのなら2週間で完璧に内装工事をしてくれるという
・大家はファニーフェイスで25歳の女性

3番目の要因が契約理由として一番大きかったかどうかは別として、
とにかくここに決めた。


大家の彼女は「丁 時美」と言って安徽省出身の田舎人間。
当時1歳になる男の子と一緒に暮らしていた。

大家の部屋はボクの部屋の真隣で、
「大家と隣り合わせってのは何かと派手にはできないな」
と思ったけれども、
ボクは近所の人が彼女をそう呼ぶように
小美(シャオメイ)と呼んでその部屋に住み始めることとなった。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「最初のつまずきは内装工事」


今日から内装工事が始まりますというその日、
仕事から帰ってくると工事の人間がボクの部屋を工事していた。

中国ではこういう現場作業員たちのことを工人(ゴンレン)と呼ぶ。
以下ゴンレンとしたい。

見るとゴンレンたちはドリルでそこら中の壁に穴をあけ、
部屋中を埃まみれにしていた。

デスクの上に置かれたボクのノートパソコンと、
それに繋がれた写真関係の大事な精密周辺機器たち。
お気に入りの靴たちが並んだ下駄箱に、
純白のシーツまで全てにこんもりと、
まるで霜が降りたかのように砂ぼこりちゃん達が舞っていた。


「ああママ!!じーざすくらいしす!!ボクちんの愛するツール達がぁ!!」


激昂しそうになる気持ちを必死で抑えた。


心の叫び
{いかんいかん、久々中国に来て早々中国の方々とトラブルをおこしてわいかんぞぉ}

こうも考えた
{ボクの意識していない所で中国の方々はボクのバックに日の丸を見ているのかもしれない。
 たかが個人所有の荷物に砂の霜が降ったくらいでなんだい!
 ゴンレン達の中で反日感情が高ぶってウォークマンの不買運動にでも繋がったらえらいこっちゃ}

ボクは勇気をもって、
そして誇り高く毅然とした態度でこう切り出した

「君たち、すまないが工事の進め方にはもう少し気を配ってくれたまへ」


ゴンレンのボスは前歯の抜けた顔で、
歯の隙間から空気を「スーハー」と漏らしながらこういった




「ああ?あんだって?あたしゃ神様じゃねーよ」


「・・・・・・・・・・・」



ゴンレンの応答の仕方にほんの少し脚色が入ったが、
続けてボクは気品高くこうきり返した。

「コホン(←軽くせきばらい)私の荷物が汚くなっているではないか。
 君たちの工事進行は多少面倒になるかもしれないが、もう少し・・・」

「はーん、そーなの?ほじほじ!! ←はなくそほじる音」




再びボクの心の叫び
{ああママン。痛いよ痛いよ。
 心がボロ雑巾みたくズタズタに引き裂かれる思いだよぉ。ゴファッ←吐血(侍魂拝借)}


その夜はCDウォークマンでメタリカを最大音量で聞きつつ、
ヘッドバンキングこそしなかったけれども、
雑念を振り払おうと必死に寝ようと心がけた。

というか、
そうでもしないと寝られなかった。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「2週間のはずだろ?」

結果から言うと工事は2週間じゃ終わらなかった。


仕事から帰るとベッドの砂埃を振り払い、
寝返りを打つと体がベタつくので縮こまりながら寝た。
何度悔し涙でまくらを濡らしたことか。


風呂はなかった。
だから毎日外ですませた。
上海版神田川である。


洗濯機もなかった。
たかが靴下とTシャツとパンツ。
ホテルだったら自分で洗うけど、
水道さえ来ていなかったから、
ほぼ毎日クリーニング屋を利用した。
クリーニング屋も靴下なんか扱ったことなかったんじゃないだろうか。
彼らは商品一つにつき最低いくらで値段を取るから、
たかが靴下でもワンセット10元くらいした。
どんなに安いクリーニング屋を探しても、
靴下Tシャツパンツの3点セットで20元はした。
アホくさ。


水が来てないから当然トイレもなかった。
だからオシッコしたくなったときは外に飛び出て立ち小便した。
見つからないように気をつけてはいたけど近所の人に
「アイツはしょっちゅう立ち小便垂れている汚いヤツだ」
と通報されて大家に怒られて、
「工事は2週間で終わると約束しただろ?」
と涙目になりながら必死に反撃した。
ウンコは自宅に戻る前に極力済ませ、
どうしても自宅でしたくなったときは肛門にリキを入れて翌朝まで我慢した。
もちろん砂だらけのベッドの中でシクシクとすすり泣きながら。
{ママァママァ、ボクの輝ける中国大陸生活のスタートはこんなはずじゃなかったはずだよ}


なんだかんだで工事が終わったのは2ヶ月後だった。


「だああ、やっとここまで来たよぉ!」



日本人は物事に堪え忍ぶ民族集団である。

美しきかな忍耐力。



途中で何度もこんな部屋投げだそうと考えたけど、
その度に
{我慢じゃケータ、耐えるのだ。立てぇ、立つんだジョー!!}
と、
ボクの日本人魂がボク自身を抑制した。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


この2ヶ月間の風呂代、
クリーニング代、
立ち小便通報され代はボクにとっては馬鹿にならないものだったけれども、
紆余曲折を経て部屋はとにかく完成し、
これできっと平穏な生活が訪れると思っていた。


「アパートの大家・その1」

おわり







2002.03.11 「上海語」


日本で大阪弁や名古屋弁があるように中国にも方言があります。
ここ上海は上海語になるのですが、
ボクにはほとんどわかりません。

中国人に聞いた話では小学校ではその辺りをずいぶん厳しく教育されるのだそうです。
つまり児童が上海語でしゃべっていると先生が、
「あんたら、標準語でしゃべらんとダメでしょ!!」
と怒るのだそうです。

その教育も中国・高校と上がっていくうちに緩くなってくるそうなのですが、
どちらにしても最近の若い人たちはみんな標準語が喋れます。

それに対してオッサン以上の人たちには標準語が喋れない人たちも多くて、
そういう人たちと喋るときは困るんですよね。

あと、
標準語と言っても上海の標準語は上海訛りですから、
綺麗な発音とはいえません。


中国国内で上海語に限らず多種多彩な言語が生まれ、
たとえ中国人であっても他地方の人間が聞いたらまったく理解できないというのは、
なんでも、
中国の歴史に関係があるのだそうです。

ホントかウソか知りませんが、
三国志に代表されるように中国は昔から戦乱の世の中がずーっと続いており、
近代に入ってからも日本を始め色んな方面から攻められ続けてきた歴史があると。
そのような背景の中から言葉というものが単なるコミュニケーションの手段としてだけではなく、
暗号としての役割をも持つようになったと。
その結果生まれてきたのが今の方言であると。

中国北方のスパイが上海に潜り込んでも全く理解できないとか、
例えばこういうことらしいのだ。

しかしですな、
戦国時代でもない今の世の中、
一つの国の中でこうも多くの言葉があるってのはいかがなものかなとも思います。

方言は貴重な文化といえば文化なのかもしれませんが、
あまりに違いすぎて弊害の方が多いんじゃないかと思うくらいです。

今お話ししたのはたとえば、
北京・上海・広州とかそのくらいの距離のことを話しておりますが、
厳密に言うとここ上海の上海語の中にも細かい区分けがあって、
たとえば上海の中心から車で30分ほど走った浦東地区の少しはずれに行って、
そこのオッサン連中の言葉を聞くと、
「何言ってんのか全然わかりません」
って同じ上海人が言うんですよ。

名古屋からクルマで30分走った豊田市のトヨタ自動車工場で名古屋人が、
「三河弁はなんかダサイ感じがするだなもぉ。名ゃ古屋弁の方がずっと流暢だがや〜」
ということはあるかもしれませんが、
「こいつら何言ってんの?さっぱり理解できん。これじゃあカローラの部品が発注できんがねぇ」
ってのはないでしょ多分!!







2002.03.07 「アメリカの国としての精神レベルは未成年程度と思われます」


なぜにアメリカはこんなにかたくなで強行でわがままで他人の気持ちを無視するのか。

京都議定書からの離脱もそう、
弾道ミサイル条約の件もそう、
テロに対する自国の感情を他国に強要するのもそう、
輸入鉄鋼製品への特別関税措置もそう。

学校のクラスと同じように世界にもいろんな個性の国がある。
そして力関係もばらばら。

ジャイアンがスネ夫を殴り、
のび太はジャイアンに口答えできない。

それはそうだ。
ジャイアンは一番強いのだから。
それにこれはボクの考えだけど、
殴られるスネ夫や口答えできないのび太にも悪いところはあると思う。

でも最近のアメリカは少しやりすぎだ。

「おいヒロシがやられたってよ。みんなで隣の学校まで殴り込みに行こうぜ」
っていう中学生のヤンキーと同じくらいのレベルに思えてならない。

いやアメリカの場合は
「これが正義です」
と胸を張って言い切ってる分だけずっとたちが悪いかもしれない。

アメリカのニュースキャスターの言葉でこんなのがありました。
「アメリカは国としての歴史が浅く、
その精神年齢は恐らく血気盛んな少年時代に近いものがあるかもしれない」

なるほど。
親よりカネと力を持っている分別のない未成年者か。
大人は大変である。







2002.03.06 「良い朝です」


ここ一週間くらい上海はずっと雨で、
しかも昨日はむちゃくちゃ寒かったのですが、
今日の上海はすごく気持ちのいい晴れ方をしています。
春ですねこれは。

昨年末からずっと忙しかったのですが、
最近ようやく時間が取れるようになってきました。

上海は面白いところいっぱいありますから、
たくさん遊びにいこーっと。







2002.03.04 「お茶が面白いやんけ」


ボクはコーヒーを自宅でも出先でもよく飲みます。
東京に住んでいる弟もコーヒーがとっても好きで、
デロンギ社のエスプレッソマシンを自分のアパートに置いているほどです。
コーヒー兄弟ですね。

留学時代のボクの信頼する先輩が結婚することになって、
「おいケータ、引き出物にできるような茶器のセット上海でないかな?」
というので、
「彼のためなら」
と昨日市内のお茶屋を6軒ほどグルグルと回ったんですね。

何件か店を回っているうちにですね、
これがなかなか面白そうだということに気がついて、
自分用に茶器セット買ってしまいました。



友人には
「お前はすぐに何でも影響されちゃうなぁ」
と言われてしまいましたが、
当該コラムコーナーに初めて写真を掲載してしまうほど、
茶器セット購入でボクの心はハッピーなので、
何言われても大丈夫です。

お茶屋の主人たちから茶を振る舞われながらいろんな話をするのが楽しくて、
普段は仕事上
「まったくもって中国は・・・」
なんて閉口する機会が多いのが正直なところですが、
お茶に関しては
「さすが中国5000年の歴史。これは偉大なる文化だ !!」
と久々に中国を見直しています。

写真にあるようなぐい飲みのようなちっこい湯飲みで香りを楽しむのが流儀だそうで、
茶が入るまでに、
湯で茶葉を荒い茶器を洗い、
茶器を温めながら茶を入れていくという、
まったくもってして面倒な手順が必要なんだけれども、
その過程までもすごくおしゃれで可愛いと思います。

最近日本では中国茶が流行っているそうですが、
なんとなく分かったような気がします。

元々日本人も中国人もお茶は大好きですし、
欧米のような紅茶ではなく、
しかも我々アジア人は普段の生活の中で頻繁にお茶を口にしますから、
日本と中国のお茶文化には共通点が多いと思います。

日本での中国茶はそういう意味で単なるブームでなく、
ある程度定着してくるんじゃないかと思っています。

これからしばらく、
忙しい平日の朝はコーヒーで素早く目を覚まし、
休日は仕事を忘れて中国茶って日々が続きそうです。

我が弟にも中国茶を教えてやろう。








2002.03.01 「上海に来てから1年です」


あれは昨年の3月3日だったから、
今回仕事で上海に来てからほぼ1年が経ちました。

最近激忙しくて更新ペースが鈍ってますけど、
この1年の間にパッシュイメージズもボク自身も、
ずいぶん変わったものです。


さて、
唐突にエンロン問題についてですが、

「一流の会計事務所が作成した会計情報があてにならない、
じゃあこの世の中において私達はこれから何を信じていけばよいのでしょうか」

ヒステリック気味に一部でそういうことがいわれていますが、
はなはだばかばかしい意見だと思います。

じゅあ今までボクらはメールで送られてきた顔も見たことない相手の文章や、
財務諸表に載った数字を心の底から信じていたのでしょうか。

ボクはこうしてパソコンを使って、
そしてインターネットを通じ皆さんと触れ合っているわけですが、
それはただ便利な道具として使うだけであって、
信ずるものは道具や数字やお金ではないはずですよね。

パッシュイメージズのなかで何度も似たようなことは書いていると思うのですが、
人間は狩りをしていても、
パソコンを使いこなせても根本的に変わりはありませんよね。

異なる時代背景の中で論じるのは無理があるというのならば、
八百屋のオッサンだって、
娼婦だって、
ソフトメーカーの一流技師だって、
そしてボクだって大して変わりはない、
唯一共通するのは感情を持ったひとりの人間であるということぐらいだと思います。

この話は決して支離滅裂じゃないし、
飛躍もしていないと思うのですがどうでしょうか。


ボクは、
自分自身のまわりに事実存在する、
かけがえのない人たちが大好きです。


そういえば桂林旅行のフィルムができあがりました。
次回からのギャラリーは桂林シリーズです。
お楽しみに。