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2001.10.22  「飄々と」



昨日オートバイの世界 GP250cc クラスで、
日本人の加藤大治郎 (25) が年間チャンプを決めた。

F1 の世界では、
今年イギリス F3 でチャンピオンを決めた佐藤琢磨 (24) が、
来年からジョーダングランプリで戦うことになった。

彼らにはひと昔前の中島悟や平忠彦みたいに、

「僕達海外で頑張ってまぁす !! ヨッシャァ」

みたいな汗水感というか悲壮感というか、
そういうものがあまり感じられない。

中島や平といった先人達が切り開いた土台の上を、
今活躍している日本人達は歩いているんだけど、
加藤大治郎にしてもあっけらかんとして、

「年間チャンプとれて嬉しいです」

みたいに言ってるところがすごい。

逆にこっちが

「おいチミィ、それだけかね」

ってツッコミを入れたくなるくらいだ。

すごい。
時代は変わってるんである。


ボク明日から一週間ほど日本です。
東京モーターショウ見てきます。
このページも少しの間更新できなくなります。









2001.10.21 「遅れてしまった日本」


上海 APEC 会議におけるブッシュと江沢民の共同記者会見はちょっとショックだった。

アメリカと中国は大国同士であるがゆえに意見の食い違うところはあるけれど、
互いにとっても引き合っているように見えたからだ。

なぜそれがショックだったかというと、

「のんびり屋さんの日本は世界の流れから置いてけぼり」

だなとますます思ったからだ。

日本の国会中継なんか見ていると、
相も変わらず子供のけんかみたいな内容をこねくり回して、
話がいっこうに前に進まないように見える。

一方、
ブレア率いるイギリスの国会中継などを見ていると、
スピーディであり内容も面白い。

この辺に国としての精神的なレベルが表れちゃってるのかもしれない。

永遠に繁栄し続けるシステムなんてあり得ないわけで、
それはやっぱり時の流れに応じて切り捨てたり・補ったり・変えていったりしなければいけないんだと思う。

言い尽くされた感があるけれど、
日本は自分から変わろうとしないと、
本当に世界の流れから取り残されてしまうような気がする。

今、
世界で一番注目を浴びている都市上海から、
こうして日本を見ていてボクは歯ぎしりする思いだ。








2001.10.20 「江沢民のホテル」

まずはじめに、
前回のコラムで江沢民が錦江飯店に泊まってと書きましたが、
正確には虹橋路の西郊賓館でした。
ここに訂正致します。

さてこの西郊賓館ですが、
虹橋飛行場から地下トンネルが通っているんだそうです。

共産党の幹部達は空港から地下トンネルでこのホテルまで行くんですね。

ある共産党員の方にお聞きしましたから間違いないでしょう。

というかその方曰く、
それは人民の中では周知の事実なんだそうです。

今ボクの見ている地図にはキロ表示がないのでトンネルの長さははっきり分かりませんが、
5km 前後はあるでしょう。

上海の地図を持っている人は見て欲しいのですが、
このトンネルは上海動物園の真下を通っているものと思われます。

パンダがムシャムシャとご飯食べている下をリムジンがガバーっと突っ走っているわけですね。
すごいです中国。

この西郊賓館ですが、
レストランなども入っているため普段は一般の人間も利用することができますが、
共産党幹部達が泊まる部屋は見ることができないんだそうです。

なぜならば、
それらの部屋も地下にあるからだそうです。

核シェルターなんかの中に部屋が入っているんでしょうか。
すごいですね。

できることなら、
一度カメラ持って見に行ってみたいものです。

昨日ですが NHK の BS で、
ブッシュ大統領と江沢民国家主席の共同記者会見をライブでやっていました。

最初からずーっと見ていたのですが、
それについてはまた明日触れたいと思います。








2001.10.18 「日本の外交姿勢について」


アメリカのブッシュ大統領が空港からホテルへ入るその時間帯に、
丁度ホテルの前にある中華レストランで食事を取っていた。

動きがよく分かるように、
ホテルの通りに面した屋外テーブルをチャージした。

ブッシュ大統領が来たであろうその時間に、
ボクのいた場所から数ブロック離れた場所にいた知人と電話で連絡を取っていたんだけど、
警備が厳しくてまったく身動きが取れない状態なんだと、
スピーカー越しに叫んでいた。

結局ボクはホテルの正面側にいたんだけれど、
ブッシュ大統領は裏口から入って、
地下の入り口からホテルの中に入ったのだそうだ。

数年前にクリントン大統領が同ホテルに来た際には、
正面のロータリーから入っていったという知人の話があったから、
今回の厳戒態勢は今の世界情勢をそのまま現しているのかもしれない。

それとは別にボクが感心したのは、
中国当局による道路整理のうまさだ。

この期間中、
上海はもっととんでもない大渋滞に巻き込まれ、
ボクらは身動きさえもとれないのではないかと考えていた。

でも実際は、
ブッシュ大統領がポートマンに入るその前後、
江沢民国家主席が錦江飯店に入るその前後、
小泉首相が花園飯店に入るその前後それぞれ 30 分ほどを道路封鎖する程度で事が完了しているのだ。

昼間町中を見渡すと、
私服の公安局員や SP らしき人間が、
警備に当たっているし、
彼らは考えられるありとあらゆる手段を使って、
この会議を成功させようとしているのが良く分かる。

要人達を物々しいまでの体勢でバックアップしてやろうという姿勢は、
ボクはアメリカに行ったことはないのだけれど、
それを知る人間の話では、

「中国のそういう完璧なやり方は、ある種アメリカと似ている部分がある」

のだそうだ。

こういう政府のがんとした強い姿勢は、
もちろん外交政策にも顕著に現れているのだけど、

「参拝、絶対やります」

といって、
事実日程をずらしながらもそれをやっておいて、
後になって色んな国を首相が歴訪して

「あれはごめんなさいでした」

とか情けないことを言っている日本には到底真似のできないことだと思った。

それが良いとか悪いとかいう議論は別として、
やるならやる、
やらないなら最初からやらなければ良いのだ。

やっておいてその事自体を後になって自分自身で否定すると言うことは、
その自国の国民自体も困惑するし、
周辺諸国の感情だって結局バカにしていることになるのだから。








2001.10.17 「マエハラ逮捕か?!」


今日から APEC 会議なんである。

中華人民共和国はじまって以来初めての国際的な会議。

9/11 にアメリカで同時多発テロがあって、
しかもブッシュが来るというものだから、
上海はものすごい警備体制でこの会議に臨もうとしている。

昨日のコラムでも述べたように今日はまず真っ先にアメリカ領事館へと向かった。

到着後、
領事館を見てみると警備は 2.3 日前とそう変わりはないように見えた。

つまり大したことはないように見えた。

時事通信上海支局の発表によると、

「領事館に向かってレンズを向けただけでも武警に速攻で制止される」

とのことだったけれど、
これなら全然行けそうと思った。

しばらく交差点から少し離れたところに座って様子を観察することにした。

でかいカメラを持ったボクを、
アメリカ領事館を警護している武警も、
その向にあるシンガポール領事館を警護している武警も、
特にとがめる様子もなかった。

アメリカ領事館から出てきた二人の白人女性がボクの前を通り過ぎる。

「あ、このエイジアン、カメラ持って取材かしら」

二人ともそんな様子でボクに微笑みかけていた。

アメリカ領事館の前門にはジープが一台停まっていて、
領事館へクルマが出入りするたびにジープをどけているけれど、
特に装甲車がいるとか、
たくさんの兵隊が隊列組んで護衛しているとか、
そういう雰囲気は全くない。

アメリカ領事館の交差点を挟んだ所まで行ってレンズを構え、
2.3 枚連射する。

すると、
アメリカ領事館を護衛している武警の連中と、
アメリカ領事館の反対側に位置しているシンガポール領事館を護衛している武警両方から

「コラァ ! 」

と一斉に制止をくらった。

すぐさまカメラを降ろし後ろを振り返ると、
私服を着た公安局の人間らしき者が、
20m くらい後方の公園の茂みの陰でボクのことをビデオで撮影していた。

「やば、記録されてる」

あの形からして恐らくソニー製のハンディカムだと思う。

制止はされたものの特にその場で職務質問を受けるとかそういったことはなくて、
とりあえずこの場を少し離れようと思った。

アメリカ領事館のある交差点から北にワンブロックのぼった交差点まで歩いて一息つく。

ふと見ると先程とは別の私服公安員らしき若い人物がこちらをチェックしている。

「やば、チェックされてる」

ボクの目線に気づいたのか、
彼はある麺屋に入っていった。

「なるほど、あそこを公安局が借り切って、私服捜査員を張り込ませ、アメリカ領事館の警護に当たっているんだな」

しかし、
あんなしょぼい麺屋を拠点にして警護に当たるとは、
カムフラージュの為なんだろうけど、
ジャッキー・チェンの映画じゃあるまいし、

「ホンマかいな」
と思った。

30 秒ほどするとその彼は麺屋から出てきた。
彼はまたしてもボクの目線に気づいて、
隣にある小物ショップのウィンドウを眺めるフリをしていた。

「へたくそ」

大規模テロがあった後のアメリカ領事館を護衛する私服 SP がこんなんでいいのだろうか。

アメリカに警護を頼まれた中国側も、
こんな素人のボクに気づかれるようなガードの仕方でいいのだろうか。

とりあえずこの場を去ろうと思った。

そのまま北へ徒歩で北上して 5 ブロックくらい過ぎた辺りだろうか、
立ち止まって後ろをサッと振り返ってみた。

麺屋からでてきた彼とまた目があった。

「おいおい、尾行かよ」

ボクは彼をじっと見つめ、
彼を指さしてやった。

この際こちらから名乗り出てやろうかと思い、
財布から名刺を出したが、
わざわざ面倒なことしなくても良いかと思い思いとどまった。

すぐさま彼は歩道から脇に姿を隠した。

「あの、めちゃんこバレバレなんですけど・・・・・」

中国の公安局だか特別警察だかなんだか知らないけど、
随分しょぼいなぁ。

でも人生初の尾行に気づいてから、
ちょっと不安になってきた。

「まてよ、ここは日本じゃない。社会主義国家中国だ。」とか、
「いまごろ、さっきビデオで撮影したボクの姿がどこかのリストと照合されて 「こいつは一体何者だ」 って話になってんだろうな」とか、
色々考えはじめたんである。

「面倒はゴメンだ」

ボクは更に北へ歩き始めた。

先程尾行に気づいた地点から 3 ブロック来た辺りで車道に公安局のクルマが一台
「スーッ」 と入ってきた。

「あ、間違いなくボクだ」

案の定ボクだったんである。

クルマから今度は制服をきちんとした年ごろの公安局員が降りてくる。

後ろを振り返ると私服を着た若い尾行公安局員が 50m くらい後方でこちらを見ていた。

「あのヤロウ」

身分証の提出を求められ、
こんな事もあろうかと用意しておいたパスポートを提出し、
中国での身分と住所を聞かれた後、

「先程君が撮影した写真は、あくまで君の責任で使用してください」

と注意を受けた。

そんなせっぱ詰まったような感じではなく、
終始和やかなムードだった。

恐らく、
ボクが後ろを振り返って尾行の人間に気づき、
じっと彼の方を見なかったらこんな事にはならなかったと思う。

確かに大規模テロ後のこんなピリピリした時期にアメリカ領事館の写真を撮ったのは悪かったけれど、
もし本当にその場で職務質問なり、
連行して事情聴取なりしたいのだったら、
アメリカ大使館前にいたあの時点でそれは行われているはずである。

つまりボクは公安当局のメンツを潰してしまったのだ。

「すいません尾行を気づかれてしまいました」(尾行していた若い捜査官)

「なにやってんだ。じゃあ一応形式的にヤツの身元を抑えておくか。」(公安局の上司)

なんというか、
まぁ今更ゴチャゴチャ言っても仕方ないのだけれど、
ボクは無事にこうして皆さんに今日の出来事をホームページ上でご報告できているわけだし、
なかなか貴重な経験をさせてもらったので、
これで吉としましょう。

実はこの話には続きがあるんである。

「1 回捕まったら 2 回も 3 回も同じだぁ」

そう思ったボクは、
今日パウエル国務長官、
明日ブッシュ大統領が泊まるといわれているポートマンホテルへと行ってみることにした。

「どうせ周辺道路から封鎖されていてホテルへも近づけないんだろうな」

と思っていたらあっさり近づけた。

10m おきに警官が立っていて、
ホテル前の南京西路は関係車両とバス以外規制されているけど、
普通に人は歩いているし、
ポートマン前の歩道にあるベンチには一般人が座ってくつろいでいた。

ポートマンホテルはホテル部分と商業施設部分に分かれていて、
ホテル部分は入り口で金属探知器を配備して厳重にチェックがされていて、
さすがに中にはいることはできなかったけれど、
ホテル左右の商業施設には楽勝で入ることができた。

ほとんどの会社は休みになっていたけど、
ボクはスターバックスで一杯 9 元のホットコーヒーを飲み、
全日空でトイレの場所を聞いたりしながら、
館内をグルグル回って、
特に誰かにぴったりと張り付かれるというようなこともなかった。

正面にあるホテルの少し手前、
ちょうどクルマが出入りする吹き抜けロータリー部分の上に、
ちょっとしたこれまた吹き抜けのスペースがある。

現地を知らない方にはちょっと説明しづらいんだけど、
1F〜3F が吹き抜けのロータリーで、
4F〜8F くらいまでが吹き抜けのスペースになっている場所があるんである。

ここにちょっとしたパーティ会場のようなものが組まれ、
壁には米国の企業名がズラッと書かれていた。

大統領が海外へ出る際にアメリカはよく大企業のトップなどを引き連れて移動したりするが、
恐らく壁に書かれた企業名はそのスポンサー名というか、
ここでトップ達のちょっとしたパーティが今日行われるのだなと思った。
そこからポートマンを出て、
街の中国人に今回の APEC についてどのように感じているかなど色々話を聞いたりしながら、
ある知り合いのオフィスへ。

今日の出来事などを話し合いながら、
ボクは明日以降の計画を考えていた。

今回のメインゲストは勿論、
ブッシュ大統領なんである。

そうなれば明日行く場所は当然、
ポートマンなんである !!
明日は当然今日とは違うから、
ホテルに近づきさえもできないかもしれないけど、
一応ミーハー根性出して行ってみようと思います。







2001.10.16 「ブッシュアメリカ大統領」


日本では既に日付回って 17 日になっていると思うが、
中国はまだ 15 分ほど 16 日が残っている。

明日から 21 日までいよいよ APEC である。

ある通信社の人間の話によると、
ウイグル地方の人たち、
いわゆる中東系の顔立ちをした人たちが市内から少なくなっているという。

これは事実ボクもそう思うし、
知り合いの中国人もそれを指摘していた。

通信社の方はその理由として、
顔立ちが似ていて紛らわしいから、
当局が彼らを市の中心部分から外に出るようにさせたというのだ。

いよいよなんである !!
APEC が始まるんである !!

小泉さんは日系の花園飯店(ホテルオークラ)に泊まるらしい。

問題はブッシュである。

クリントンが来た時はポートマンホテルだったが、
その後マリオットなどもできたことだし、
テロの影響などもあって、

「ヤツは一体どこに泊まるのだ」

ということが話題になっていた。

昨日の夕方、
ある情報筋から聞いたところによると、
ブッシュは歴代大統領の例に漏れずポートマンに泊まるのだという。

当日はポートマンに Go なんである !!

その前に厳戒態勢が敷かれているであろうアメリカ領事館の写真が欲しい。

ただし、
そこまでたどり着ければの話であるけれど。







2001.10.15 「アメリカ領事館」
昨晩 10:30 頃ボクは、
淮海路とウルムチ路の交差点にあるアメリカ領事館前に立っていた。

2 日前にアラブ系テロリスト 17 人が上海に入ったという情報を、
当局が掴んだと報道があったり。

これは本当か嘘かまだわからないけど、
昨日浦東で爆弾を積んだトラックが捕まったという噂があったり。

FBI が、
「数日以内にアメリカ国内、若しくはアメリカの国益に関係する海外のアメリカ関連施設においてテロが実行される可能性が高い」
と発表したり。

とにかくアメリカは今ピリピリしてるんである。

事実、
アメリカ領事館前は警戒が通常よりすごかった。

敷地の壁ぎわ 15m 間隔で拳銃持った警備員が立っていた。

正門の所はもっと多くて 10 人以上が張り付いていた。

でも人数はすごかったけど、
特に 「特別警戒中です!!」 っていう雰囲気じゃなかった。

事実ボクはこうしてフラフラとすぐ近くを歩いていたわけだし、
壁ぎわに立っているひとりなんか壁にもたれて居眠りしていた。

何かにつけて大げさな中国のことだし、
領事館近くの道は全部閉鎖するくらいのことはするかなと思っていたけど、
意外と普通レベルの警備体制だなと思った。

北京のアメリカ大使館はどうなっているんだろう。

そちらも気になるところだ。

でも上で述べたようなことから考えて、
ボクは APEC 期間中、
この上海で何かあるんじゃないかなと思っている。

昨日はカメラは持っていなかったけれど、
あの様子なら 1.2 枚くらいだったら領事館を撮影できそうだ。

この時期に、
上海のアメリカ領事館を撮っておくのも面白いかもしれない。








2001.10.12 「広島県警」


広島県警は県民から
「手ぬるい」
と抗議が殺到している暴走族の追跡捜査を強化し、
実力阻止へ方向転換することを明らかにしたらしい。

そして、新たに設置した暴走族特別取締本部の設置に合わせ、
暴走族へのメッセージを発表した。

このメッセージには
「今暴走族に入っている君たちへ」
というタイトルが付けられていて、
かなり長文だけれども、
読みやすいようにとの配慮から「ひらがな」が多数使われているのが特徴だ。
まず、以下はその全文。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
県警は、
今日から特別体制をとって、
君たちと向かい合わなければならなくなった。

君らもよく知っているように、
県警は、
暴走や泥棒をした君らの仲間をたくさん逮捕してきたが、
暴走しているときは、
君らがけがをしないように慎重にやってきた。

君らはそれにつけ込んで、
パトカーを傷つける、
物は投げつけるなどしたい放題。

これを見た県民が怒るのもあたりまえだろう。

君らは、毎月、
暴力団組員に金を払っているが、
暴力団に守られてまで君らは走りたいのか。

よく聞いてくれよ。

族に入っていてはだめだ、
とりかえしのつかないことになりかねないぞ。

族にいるかぎり、
暴力団組員やリーダーの命令にはどんなことでもしたがわなければならない。

族をぬけると言い出せないでいると、
あっという間に目のつりあがった一級の犯罪予備軍になるのだ。

暴走族が、
君らを傷つけ、
一生を失わせるのだ。

残念だが、
警察も全力を尽くして対応せざるを得ない。

そのときには、
君らはつまらない抵抗をしてはいけない。

大けがをしかねない。

今すぐに、
族を出よう。

われわれが力になろう。

われわれは君らと争いたくないし、
何より君らに幸せな一生を送ってもらいたいと思っているのだから。

○○○○○○○○○○○○○○○○○○
いやあ、
なかなか良いじゃないですか。

県警がここまで暴走族にすり寄って、
厳しい態度は保っているけれども、
非常に分かりやすい文章ですね。

夜な夜な暴走族と警察の激しいカーチェイスが繰り広げられそうで、
ボクも日本に帰りたくなってきました。

でもね、
「あっという間に目のつりあがった一級の犯罪予備軍になるのだ」
というくだり。
「目のつりあがった」 って、
もっと良い表現なかったんだろうか。

道路の中央分離帯とか、
警察署の壁とかに交通標語などが貼ってありますが。

日本の警察っていざというときの決めゼリフが、
力みすぎちゃってなんかダサイですよね。








2001.10.05 「消沈」


過去の日本の首相がそうであったように、
小泉さんの最近の発言は自分の意思とは関係なく、
まるで誰かに言わされているみたいだ。








2001.10.03 「ケガしても説教くらいます」
昨日知人と、
鎮寧路と万航渡路付近を歩いていたらいきなり
「キキィーーー、ドカンッ」
という音と共にオッサンがタクシーにはねられた。

人が 5m はふっ飛んだその瞬間を見てしまったのだ。

糸の切れた操り人形のようにそのオッサンは空中でくちゃくちゃになって、
それこそ 「グシャッ」 という感じで地面に叩きつけられた。

すぐさまボクは連れに救急車の手配を指示し、オッサンのところに駆け寄った。

気を失っていたオッサンはボクの問いかけに目を覚まし、
無理に起きようとするので制止した。

オッサンは鼻血を大量に垂らしながら、

「頭が痛い」

と言った。
見ると後頭部から出血が確認された。

右大腿部は大きく外に折れ曲がり、
どうやら骨折しているようだった。

足ぐらい折れたって大したことないが、
意識がはっきりしているとはいえ、
強打した頭部が気がかりだった。

さてその間運転手は何をしていたのか。

オッサンに気を取られていたボクは運転手を捜した。

運転手は、集まってきた野次馬に混じって自分も野次馬していた。

「おいおい(-_-;)」
おまけに野次馬連中も誰一人オッサンに手を差し伸べようとしない。

それどころか
「あんたの飛び出しが・・・」
とか、
オッサンの非をオッサン自身に向かって指まで指して叫んでいるのである。

確かにいくらかはオッサンの不注意もあってこういう事故に繋がったのかもしれないけれど、
現在重傷の本人に向かってそういうこと言うかふつう。

ボクは中国の、
というか中国人の、
人間の命に対する認識レベルを見た気がして、
まこと寂しい国だなと思った。








2001.10.01 「国慶節」


中国は今日から一週間ほど国慶節のお休みである。

いわゆる建国記念日なんだけれど、
日本のお正月に当たる春節や、
ゴールデンウィークに当たるメーデーなどと同じく、
この時期はたくさんの人が故郷へ帰ったり旅行したりする。

この期間、
上海は田舎からのお上りさんでいっぱいになる。

バンドへ行けば農協の旅行団体みたいなオッサン連中がわんさかいるし、
APEC の次期が近いと言うこともあって、
今、上海はとっても熱いんである。

ボクもこの機会にパチパチと写真を撮っておこうと思う。